50周年記念式典

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 今から54年前、青森市で一人の少年が網膜剥離と診断され、手術以外には救いようがない危機にありました。手術には多額のお金がかかります。たまたま、少年が通っていた教会の宣教師ご夫妻がアメリカ・リッチランドに住む母親の元へ救いを求めました。その話が、地元ライオンズのメンバーに伝わり、即座に多額の献金が集まって、東京ライオンズクラブを通じて少年の手術に役立てられました。そのご縁で青森ライオンズクラブが結成されました。東北では初めてのライオンズクラブの誕生です。

 秋田ライオンズクラブは、こうした感動的な誕生秘話を持つ青森ライオンズクラブのガイディングによって、秋田県内では最初のクラブとして誕生しました。そして50年。ここに至るまでの親クラブのご指導はもちろん、その後誕生した県内各ブラザークラブ、姉妹クラブ、友好クラブの皆さんの友情とご厚誼に、深く感謝を申し上げます。

 きょうの50周年記念式典・祝賀会には、佐竹敬久秋田県知事、穂積志秋田市長、田中寿一ライオンズクラブ国際協会332-F地区ガバナーをはじめ、多くのご来賓のご臨席を賜りました。心から御礼申し上げます。

 ご来賓としてお招きしました岐阜大学教授・利部伸三さんとの関係について、少しご紹介いたします。当クラブは10周年記念アクティビティの一つとして、ドイツ・フライブルグ大学の大学院博士課程に留学を希望していた青年に奨学金を送りました。記録には31万円とあります。青年は帰国後、研鑽を積み、今、地球上で一番普及している殺虫剤を発明した農芸化学者として、高い評価を得た、その方が利部さんです。クラブの先輩各位は多くのアクティビティ、奉仕活動を積み重ねましたが、40年後のさる3月、利部さんが、アメリカの学会から国際賞を贈られました。われわれも何とも嬉しい限りであり、記念の日にアクティビティの成果を確認できますことに感激しております。

 50周年にあたっては、会員こぞっての「秋田をもっともっと元気にしたい」、との強い思いから、アクティビティを決めました。そして、郷土の先人の偉業を称え、若い世代にきっちりと引き継ぎたいとの思いから、日本人として初めて南極の地に挑んだ白瀬矗南極探検隊出発100周年にちなんで、「わらび座」によるミュージカルの短縮版をご覧いただくことにもなっています。

 今日の式典・祝賀会を通して、結成50周年を契機に、さらに「良きライオン」となって、前進を続けたいと願う46名の会員の決意をお汲み取りいただければ、幸いです。

 冒頭にご紹介しました青森市の少年は、得意の英語を生かして国の内外で活躍され、時を経て、青森ライオンズクラブのメンバーとなり、今、奉仕活動に献身されております。その人、市川仁也Lが、今日、お祝いに駆けつけてくれました。(市川さん、どうぞ‼)このように崇高なライオニズムを皆さんとともに、重ねて称えあえる機会を得たことは、無上の喜びであります。
 本日はご出席いただき、まことにありがとうございます。

とき  2010年10月17日(日) 午後2:00~午後3:00
ところ 秋田キャッスルホテル 放光の間

LinkIcon50周年記念アクティビティ「秋田ライオンズ大賞」

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